『360°BOOK』は、三次元の世界を表現した画期的な本だ。
閉じている姿は普通の本のようだが、ページを円を描くように360°の方向に開くと、瞬く間に魔法のように美しい3Dのクリエイティブが現れ、繊細にデザインされたページ1枚1枚の連なりが、見るものを二次元から三次元の世界に誘う。
この『360° BOOK』を考案したのが、一級建築士の大野友資。
世界中から絶賛される「1枚の紙から生まれる世界」は、建築家ならではの空間や立体を考える力とデジタルファブリケーションの技術が見事に融合し、「パソコンの中でできる表現を、いかに現実世界に出現させるか」という大野の思考から誕生した作品でもある。
大野は、この『360°BOOK』を「YouFab 2012」に応募し優秀賞を受賞したことをきっかけのひとつとして、世界中で注目を浴びるようになり、今では製品化にいたるまでになった。
個人のアイデアから広告まで

まず3D-CADで立体のランドスケープとして本の世界をつくるところから始め、それを放射状にスライスしたデータを元に、40のカット図版を作成。レーザーカッターで正確なカッティングを実現したことで、クリエイター個人でもアイデアをかたちにできることを実現している。緻密ながら手のひらサイズのかわいらしい大きさは、無印良品のメモ用紙ブロックもヒントにしたそうだ。
360°Bookも、完成までにテストカットを何度もしています。レーザーカットのスピードが速すぎると雑になるし、遅すぎると焦げ目がつく(苦笑)。デジタルツールならではの作品とはいえ、作り手の経験値もある面では必要でした。
本を360°に開くと、魔法のように美しい3Dの世界が現れる。この新しい本の形は、レーザーカッターというFabマシンだからできる正確なカッティングと、二次元から三次元を立ち上げる斬新なアイデア、そして優しく繊細なデザインが結びつき、Fabカルチャーがつくりだす新しいクリエイティブの感動を届ける。
『360°BOOK』は、その後さまざまなバージョンが生まれた。「FabCafe Brand Book」は、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」のユニークな活動を伝えるだけでなく、FabCafeのネットワークを世界に広げるために制作され、ニューヨークADCや、D&AD、カンヌライオンズといった、世界を代表するクリエイティブアワードを受賞し、瞬く間に世界中で話題となった。




そして、『360°BOOK』は2015年12月ついに商品化を実現する。
それまではコストと時間の問題で、レーザーカッターでは作成できず量産化が困難であったため商品化できなかったが、出版社である青幻社の熱意と日本の職人技が3D絵本を現実のものとした。レーザーカッターほどの精度0コンマ単位で調整ができる金型を使い、各ページページの間隔を均等に開けるため小口の下の部分に穴をあけ、ページとページを糸で均等に結ぶ作業はすべて手仕事で行い、そして本をぐるりと360度開けるため、落丁しない特殊な背加工を施した。
書籍で使う型抜き会社では再現が難しかったので、青幻舎は、型抜き会社を何十社もあたり、ようやくたどり着いたのが京都にある精密機器の基板をプレス加工する会社。そうしてレーザーカッターのクオリティを、余すことなく再現することに成功したという。

そして10月には、360°BOOKの最新作「地球と月」が発売開始となった。

大野は、『360°BOOK』を世界に発表するキッカケとなった「YouFab」を受賞以来、感じてきた反響の変化を次のように説明してくれた。
「『360°BOOK』で僕が試みたものは、放射状に断面図を並べて3次元の形を再現するという、新しい立体表現のフォーマットを提案することでした。つまりページが均等に並んだ円形の厚紙の束の中は、富士山でも白雪姫でも、宇宙空間でも何でもよかった。デジタルファブリケーションによって、工業的で均一であることが有利だったものづくりに、一つ一つ変わっても(違っても)いいという側面が現れ始めました。そうなってくると大事なのは、何を「変わらないもの」としてデザインするかだと思います。『360°BOOK』ではそこを意識した結果、表現できる題材の幅の広さや可能性を感じてもらうことができ、企業とのコラボレーションのオファーや、青幻舎からのシリーズとしての製品化に繋がっていったのだと思います」
「YouFab Global Creative Awards」が掲げるテーマは、「デジタルとフィジカルを横断し、結合する創造性=Fab(ファブ)」であり、『360° BOOK』はまさにそれを体現したプロダクトと言えるだろう。デジタルとフィジカルの狭間で長い間実験を繰り返し可能性を探ってきた大野は、デジタルファブリケーションの未来をどう予想しているのだろうか?
「前述の回答と重なる部分がありますが、デジタルの特性は可変性です。YouFabに期待するのは、その可変性を活かした作品です。例えば最終的に提案された形がAだったとして、見た人が同じ考え方でBやCという形を勝手にイメージできるような、自分で応用してみたくなるような、そんな芳醇なインスピレーションをもたらす作品が現れることを楽しみにしていますし、自分でも作れるよう頑張りたいと思います」
大野友資 (DOMINO ARCHITECTS・一級建築士 / デザイナー)note:「YouFab Global Creative Awards 2016」はロフトワークがスポンサーをつとめており、本ライターはロフトワークの所属です。一級建築士。1983年ドイツ生まれ。大学院を修了後、設計事務所noiz architectsの立ち上げ時に合流。コンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーションを実験と実践の両面からプロジェクトに取り入れている。2016年よりDOMINO ARCHITECTS代表。建築をベースとして、インテリア、プロダクト、インスタレーションなど、領域を横断しながら活動している。
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