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社会問題を照らすのは「暗闇」。芸術家オラファー・エリアソンの『Little Sun』

IDEAS LAB
ライターEMMAOSLO
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2016年11月7〜18日、モロッコのマラケシュで開催された国連気候変動枠組条約第22回締約国会議(COP22)で、国連や企業のメンバーが手にしていた、何やら可愛らしい黄色い太陽デザインのランプ。

芸術家のオラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)がソーシャル事業で広めている『Little Sun』である。

『Little Sun』は、エンジニアのフレデリック・オッテセン(Frederik Ottesen)とエリアソンの共同開発により生まれた。高品質のソーラーLEDが用いられており、5時間の太陽光による充電で最高3時間の点灯が可能だ。エリアソンは2012年にこのランプを発表して以来、それを世界中の非電化地域の人々に届けるべくソーシャル事業を展開している。

「スタジオは実験室」

エリアソンは、アイスランドの血を引くデンマーク人のアーティストだ。彼の手にかかれば、私たちは美術館の中にいながら、小川を飛び越えることも、太陽の中に飛び込むことも、虹の上を歩くこともできる。

エリアソンは1995年にベルリンにスタジオを立ち上げ、現在90人近いスタッフが働いている。彼はスタジオを実験室のように考えているという。その言葉が想起させるように、エリアソンは環境保全に取り組むアーティストとしての一面も持っている。

2014年のCOP20では、地質学者と手を組んで、グリーンランドの氷100トン分を輸送し、コペンハーゲンの市庁舎前に巨大な12個の氷塊を時計の形になるよう設置した。

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Ice Watch, 2014 / Photo: Martin Argyroglo

子どもだけでなく大人も思わず舐めてしまいたくなるような、とても美しい氷の塊がやってきたときは、誰の目にも新鮮に映ったものだ。溶けゆく氷を触りながら、人々は地球温暖化現象を肌で感じつつ、時間切れは間近かもしれないと実感することになる。

この『ice watch』プロジェクトは翌年のCOP21でも同様に行なわれた。同様に『Little Sun』プロジェクトもまた、毎年のCOPの場で存在感を発揮している。特に今年はドナルド・トランプ次期大統領候補に対し、パリ協定からの離脱を阻止するためのパフォーマンスとして、この可愛らしいランプは実に役立ったようである。

私たちはまず、「暗さ」を理解することから始めなければならない

『Little Sun』を必要とするのは、何も電力のない地域に住む人々だけではない。エリアソンたちは慈善的活動としてだけでなく、都市に生きる人々に対しても同様に『Little Sun』を提供している。「Coachella」などの音楽イベントに参加したり、美術館を停電状態のように真っ暗にして行なう『Blackout』プロジェクトも開催した。

これまでにエリアソンはいくつかの美術館を真っ暗闇にしてきたが、特に彼自身のインスタレーションと関連付けた参加型アートは面白い試みだった。その作品は、館内に大量の砂利を持ち込み、そこに小川を流すというものだったが、子どもたちは照明が真っ暗な状態で『Little Sun』だけを手にして、この作品を体験することになった。

大事なのは、子どもたちにまず本当の「暗さ」を与え、そこで「光」を灯させたことにある。私たちはまず、「暗さ」を理解することから始めなければならない。停電を実際に体験した人ならわかると思うが、暗さを知らずして、光の重要さは決してわからない。エリアソンはこれまでも、まるで知覚が宙返りするかのような仕掛けを作品に入れてきたが、今回の作品もその系譜につながるものだ。

エリアソンのこのシンプルなアート活動が一つの現象として持続する理由は、それが絶えず「考えること」と結びついているからだ

非電化地域の人々や難民(ギリシャのレスボス島に拠点を構えるアーティスト、アイ・ウェイウェイが難民に『Little Sun』を届けている)に対して光を与えるだけでなく、彼らと同様の暗さを、私たち自身が体験し学ばねば思考も感性も広がっていかない。この活動はそういう意味で双方向なのである。そしてまさに、そのことこそが『Little Sun』を単なるプロダクトではなく、アートとして価値あるものにしている。

エリアソンのこのシンプルなアート活動が一つの現象として持続する理由は、それが絶えず「考えること」と結びついているからだ。アートといえど、気候変動に密に関与しているアクションだから、否が応でも個人個人が自分の生活上の問題として『Little Sun』を扱うことになる。恵まれた環境に生きていても、いつ災害が起こるかわからない。

これまでアートはあまりにも美術館という固定された場に頼り過ぎてきたのかもしれないが、その限界を乗り越えていく方法の一つとして、彼は『Little Sun』プロジェクトを始めた。

そこに美術批評家や美学者の論理は必要ない。こうして社会との懸け橋として、現実世界に根付いていくアート活動は、今後もさらに求められていくのではないだろうか。

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