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10#音楽の敵、音楽の味方

書評『いまモリッシーを聴くということ』:「壁」は高いほうが好きだ

DIGITAL CULTURE
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コントリビューター久保 憲司
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夢はいつか冷めてしまう
そういうものだ

デヴィッド・ボウイが亡くなってから、デヴィッド・ボウイ再評価が始まったのはびっくりした。

パンクになっていた僕にとってデヴィッド・ボウイが終わったなと思ったのは『ヒーローズ』が出たときだった。パンク・バンドのストラングラーズが『ノー・モア・ヒーローズ』と歌っているときに、ボウイはまったく空気が読めていないなと思ったのだ。

ストラングラーズの歌はエルヴィス・プレスリーが死んで「ヒーローがいなくなったな」という歌だったのだが、誰もが「ヒーローなんていらない」と受け止めた。

Video: videociety/YouTube

ボウイが時代からそっぽを向かれた感は映画に残っている。ヴィム・ヴェンタースが映画至上最高のコンサート・シーンといった『クリスチーネ・F』でボウイが『ヒーローズ』を歌うシーンで、主人公のクリスチーネはボウイを冷ややかに見ている。救世主だったボウイが何もしてくれないと気づいた瞬間だ。

残酷な瞬間だけど、そういうものだ。

ビートルズも最後にこう歌った。

君はそれを背負っていくんだ。

この先もずっと

キャリー・ザット・ウェイト

ポール・マッカートニーはビートルズは救世主じゃない、君は君で生きていかなければならないと歌ったのだ。

偽宗教家みたいにいつまでも引き延ばさない、清い言葉。ファンとともにポップ・ミュージックをロックというメッセージに変え、世の中を変えてきた彼らに相応しいお別れの歌だった。

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僕も願う。今度こそ
壁を越えられることを信じて

僕がThe Smiths(ザ・スミス)のコンサートを始めて見たのは1983年8月7日だった。彼らのロンドンでの4回目のライブだ。通算でも10回目だ。僕は元バズコックス、元マガジンのハワード・デヴォートが初めてのソロ・ライブをやるということで観に行った。そのときに一番最初に出てきたバンドがザ・スミスだった。

その頃のイギリスのライブはメイン・バンドに前座が2つがつくというのが定番で、僕みたいな音楽ファンは一つのコンサートの料金でバンドが3つも観られるからと、いつもの開演時間7時30分に誰よりも早く会場に着いていた。

キャパ2,000人の小屋にはお客は100人もいなかったと思う。しかし、スミスが近くの花屋で一箱いくらで買ってきた花を撒き散らしながら始まった途端、追っかけというかサクラのような軍団がステージ前に詰めかけてきた。

当時はライブでステージに何かをぶちまけるというのはよくあることだったが、小麦粉や豚の頭をばら撒くなど暴力的なことが多かったのに、彼らは花を撒き散らしながら現れた。

花といえばヒッピーの象徴、もうパンクの力がなくなってきたとはいえ、ヒッピーの象徴の花をまき散らすなんて、信じられないことだった。今から考えると彼らの行動はパンクに決別する意思表示だったような気がする。

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ヴォーカルのモリッシーはジェームス・ディーンというよりは長嶋茂雄のような風貌で、服もヒッピーのようなフリルのついた淡い色の服、首にはビーズの首飾りをしていた。ラフ・トレードのオーナー、ジェフ・トラヴィスがモリッシーから「いいだろう、このスタイル」と言われて、返答に困ったというファッションだ。セックス・ピストルズのジョン・ライドンもロッカーズの格好とパンクのファッションをミックスさせていたがモリッシーのファッションは50年代、60年代、70年代のファッションがごちゃまぜになっていた。

唯一理解できるのは黒いリッケンバッカーを弾いているギターリストで、ザ・ジャムが好きなのかと思わせてくれた。でも、その顔にはジョン・レノンがかけていたような、これまたヒッピー臭い丸いサングラスがあった。当時ジャムはいけてないバンドだった。なんでジャムなんだと思った。でも一番びっくりしたのはギターが歪んでいなかったことだ。その頃のバンドのギターは全部歪むでいた。歪んでいないギターで彼はコードもかき鳴らさず、アルペジオを弾いたのだ。

なんだこのバンドはと、空間が歪むくらいびっくりした。僕はステージ前列に突進していっている軍団の一人を捕まえて、「何なんだ。このバンドは一体どんなことを歌っているんだ」と聴くと、そいつは「部屋をシェアしている友達が勝手にお前のミルクを飲んだ。みたいなことを歌っているんだよ」と答えた。意味がまったく分からなかったけど、僕は「それはミズラブル(悲劇的)ってことか?」と答えたら、そいつは「そうだ」と答えた。そして「そんなことより、明後日、彼らはディングウォールズでライブをやるから、お前も観に来いよ」と言った。こいつはのちにバズコックスでドラムを叩くことになるフィル・バーカーだった。この軍団はわざわざマンチェスターからスミスを盛り上げるためにロンドンに来ていたのだ。モリッシーに友達がいなかったかって? そんなの大嘘だ。

スミスの周りには軍団のようなものができあがりつつあった。イギリスのバンドの特徴だ。いや世界中のバンドの特徴だろう。セックス・ピストルズにはデヴィッド・ボウイが育ったロンドンの郊外ブロムリーに住む若者たちから構成されるブロムリー・コンティンジェント、ジョイ・ディヴィジョンにはヴォーカルのイアン・カーチスと同じトレンチ・コートを着たトレンチ・コート・コンティンジェントがバンドをフォローしていた。

今のスミスの歴史には書かれていないが、当時のスミスのライブにはこんな取り巻きがステージに上がって踊るというのが一つの儀式になっていた。84年にスミスがグラストンベリー・フェスティバルに出たときは、あの高いピラミッドのステージに軍団がよじ登っていった。ステージがピラミッド型なので、斜めになってよじ登りにくいのだが、何回すベリ落ちようが、彼らは頭のおかしくなった猿のように何回もよじ登っていった。儀式だから。

ステージにお客を上げるというスタイルはスミスだけじゃなく、海外ではコールドプレイの元ネタであり、今の時代に一番影響を与えたバンドとしてスミス以上に再評価されつつあるエコー&ザ・バニーメンもそうだった。彼らもまた最後の曲で客をステージに上げるんだけど、客がヴォーカルのイアン・マカロックに馴れ馴れしく触ろうものなら露骨に嫌な顔をして、手を払い退けるのがポスト・パンクらしくってよかった。俺たち一緒だぜと言いながら、一緒は嫌だぜという矛盾した気持ち、もし君がパンクならこの気持ちはよく分かるよね。

Video: theoriginalmilo/YouTube

ボブ・マーレーは「YOU」と歌わず、「I&I」と歌いました。あなたはいない、私と私がいるのだと。みんながステージに上がっているとき、そこにはスターとファンじゃない「I&I」があった。そしてそんな関係は長く続かない。みんな分かっているけど、自分の力でやろうと変わっていくのだ。エコー&ザ・バニーメンは『オーバー・ザ・ウォール、ハンド・イン・ハンド』と歌う。そしてこの歌のオチは「俺たちが落ちていく(失敗する)のを見ていろ」。スミスは『バーバリズム・ビギンズ・アット・ホーム』で「手に負えない男の子も、女の子も手を取りあって」と扇動するのだ。

僕も願う。そして、今度こそ壁を超えられることを信じて。そんなことは絶対ないと知っているんだけど。

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ソロになってからのモリッシーの発言って
トランプとあまり変わらないような気がする

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これが僕がブレイディみかこさんの『いまモリッシーを聴くということ』を読んでの感想だ。

僕はアメリカの情報なら町山智浩さん、イギリスの情報ならブレイディみかこさんを信頼している。

二人ともリベラル、特に町山さんのトランプ批判は頼もしい限りだった。国際政治学者の三浦瑠璃などが「トランプありかもしれませんよ」という批評を繰り返す中、人種差別的なトランプにダメ出しを続ける町山さんは頼もしい。

ブレイディみかこさんにはもう少し声を大にしてブレグジッド反対、ジェレミー・コービンいい奴と言ってもらいたいなと思う。

日本でトランプ反対、ジェレミー・コービン賛成というのがどれほどの効果があるのかわからない、ただの内政干渉だろうという人も多いと思うけど、やっぱり大事ですよ。

トレインスポッティング2』を観てびっくりしたんですが、あの映画ジェレミー・コービンへの希望を表明している。とにかく暴力をふるうベグビーが息子を泥棒にしようとするのですが、息子から「父ちゃん、俺、泥棒あんまり好きじゃないな、ちゃんとホテルマンの学校に行ってホテルマンになりたい」と告白される。初めは憤慨していたベグビーも最後に「俺がお前の頃はそんなチャンスはなかった。お前のことはよく分かった。がんばれ」というシーンは涙なしでは観られなかった。

Video: New Trailer Buzz/YouTube

解説すると、もちろんベグビーの頃にもホテルの学校はありました。でもその頃はホテルの学校を出ても、イギリスのクソみたいなホテル・チェーンでクソみたいな仕事をして、一生給料は400万円とかそんな未来しか見えなかった。そんな未来だから俺はヘロイン中毒になるよというのが『トレインスポッティング』のテーマでした。

グローバル化した今は世界中にいろんなホテルがあって、そこのホテルを渡り歩いて、年収2千万円とか目指すことも、将来自分のホテルを持つことも夢見ることができるんです。もちろん挫折する確率も半分以上でしょう。でも、ヘロイン中毒になるよりもホテルマンになるほうがいいと思えるのが今の時代です。

ベグビーの言葉を補足すると「俺たちはサッチャーの緊縮政策で夢を奪われた。でもお前は金融政策で膨らんだお金で夢をもらえているんだ。本当にその夢が実現するのか、分からないけど、がんばれ」ということなのです。

「ベグビー、泥棒のくせにマクロ経済分かったのか偉い」という瞬間でした。

ブレイディみかこさんには今のモリッシーをもっと叱ってほしかった。ソロになってからのモリッシーの発言って、トランプとあまり変わらないような気がする。年をとっていくとみんなそんな風になっていくのかもしれない。リベラルから自己責任の新自由主義者に。スミスのときは違った、モリッシーはみんなを自らの手を使って引っ張ってくれようとしてくれていた。今のモリッシーは王様のように手を触らせてくれるだけだ。僕は一緒に戦おうとしていたモリッシーが大好きだった。

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Video: RHINO/YouTube

・『いまモリッシーを聴くということ』by ele-king books
【著者】ブレイディみかこ
【価格】2,100円+税
【URL】ele-king books
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