海外のLGBT権利運動の高まり/日本の「LGBTブーム」
この2017年、大きく見て、欧米では性の多様性を認めることはひとつの良識として定着したと言っていいだろう。自分らしく生きることをひたすらアッパーに称揚するレディ・ガガの『ボーン・ディス・ウェイ』が現代のLGBTの権利運動におけるアンセムとなっていることは、そのことを端的に示している。世界的なポップ・スターがジェンダーとセクシュアリティの自由を、ダンス・ポップで掲げる時代ということだ。
同曲が発表された2011年は、マリッジ・イクオリティ(同性結婚の認可も含め、結婚が誰もに開かれた人権だとする考え方)の是非を巡って世界中で議論が活発化していた時期。ゲイが大きなファンベースのひとつになっているレディ・ガガにとって自然な振る舞いともいえるが、そこにははっきりと政治的な意味合いも含まれていたわけだ。
海外から同性結婚の話題を中心としてセクシュアル・マイノリティと社会の関わりの変化が伝わるようになり、近年日本にもLGBTブームが到来したと言われている。だが、そこにポップ・カルチャーが...とりわけポップ・ミュージックが連動しているとは到底言えないだろう。
日本においては、政治と音楽の関わりはいまも忌避されがちだ。もしLGBTの話題が現代ならではの政治的トピックなのだとしたら、この国ではポップスと結びつきにくいことは理解できる。だが、であるならば、社会運動や政治とは別のところで、音楽がセクシュアル・マイノリティの生き方を示すことがあってもいいではないか?
このトピックにおいても、実際的に世のなかを動かし変えていくのは法整備をはじめとした政治や、またマーケティングを見据えた経済産業であるだろう。だが、そこに「誰」がいるのかが見えてこなければ意味はない。個人の生き方の自由に大きく関わってくる問題なので、当事者たちが何を感じ、何を考え、何を求めているのか...を伝えることが重要だ。そして、その役割を果たすものこそがポップ・カルチャーであるだろう。
日本が今「LGBTブーム」とはいえ、海外と比較すれば大きく遅れているという事実は明白だ。世界のLGBTと大きなひらきを促しているものこそが、ポップ・カルチャーにおけるセクシュアル・マイノリティ表現の圧倒的な量の差と、歴史の積み重ねの差に思えてならない。LGBTの人権が理解されることももちろん重要だが、それが表現という形で共有されることもまた、同じくらい大切なことではないだろうか。
「#音楽の敵音楽の味方」特集 オススメ記事:
黒船Spotifyが日本の音楽文化を救う? 田中宗一郎インタビュー|金子厚武
Yogee New Wavesがいた未来 冷笑の時代に現れた感情そのものを描ききる音楽集団|冨手 公嘉
Jamie Smithインタビュー:The xx世代、ノンフィクションな音楽を生む「独立」と「孤独」|Makoto Saito
誰がDJカルチャーを破壊してきたのか?|小林 祥晴
LGBTとポップ・カルチャーの関係と、その歴史
ゲイ・カルチャーないしはクィア・カルチャーの歴史を振り返れば、そこには数多くのポップ・ミュージックが関わっていたことがわかる。とくにゲイの人権運動の端緒だとされる1969年ストーンウォールの反乱以降、つまり1970年代以降にそれらはより広い範囲で顕在化している。
たとえば70年代のパラダイス・ガラージを中心とするディスコ・シーンは同性愛者たちの社交の場としても避難所としても機能していたし、それを繋いでいたものこそがディスコ・ミュージックだった。1979年のディスコ・ヒット、グロリア・ゲイナーの『アイ・ウィル・サヴァイヴ』がいまも世界中のプライド・パレードで鳴らされていることはその歴史を端的に示しているだろう。
イギリスではパンク以降の文脈で、1978年にトム・ロビンソン・バンドの『グラッド・トゥ・ビー・ゲイ』がある。
ゲイ・アンセム繋がりといえば、80年代イギリスにおけるシンセ・ポップ/エレポップもまた、アンチ・マッチョイズムの観点から大きな盛りあがりを見せている。
たとえばシンセ・ポップ・バンドのイレイジャーは1988年の『ア・リトル・リスペクト』でこんな風に歌っている。「ああベイビー、お願いだ、ぼくにほんの少しのリスペクトを」。
セクシュアル・マイノリティにとっての「プライド」の意味を体感させてくれるのは、どんな立派なスローガンや言説よりも、あるいは、その腰が砕けそうなほどキャッチーなシンセ・ポップなのかもしれない。もう少し正確にいえば、そのレコードがいまでもゲイ・クラブのアンセムとしてスピンされているという事実だ。男に欲望する男であることは、自分を恥じることでも恨むことでもない――ことを、その歌はカジュアルなラヴ・ソングの形式で告げている。
「ほんの少しのリスペクト」は誰かからほどこしのように受けるものではない。自分自身で見つけるものだ。ゲイであることをオープンにしているイレイジャーのアンディ・ベルがファルセットでそのことを歌うとき、半裸の男たちが踊るクラブのピークタイムでその歌がスピンされるとき、そのメッセージは身体と心に響いてくる。
シンセ・ポップの文脈では1993年にリリースされ、世界中でヒットを飛ばしたペット・ショップ・ボーイズの『ゴー・ウェスト』はいまではサッカーのスタジアムで合唱されているが、それは本来ヴィレッジ・ピープルのカバーであり、紛れもなく同性愛者のエクソダスを謳うものであった。
80年代以降のエイズ禍によってゲイ・ディスコ・シーンは一度解体したものの、クラブ・ミュージックは世界中で音楽的な先鋭化と並行しながらゲイ・コミュニティとしての場を生みだし続けたし、80年代のシンセポップ・アイコンであったジョージ・マイケルやカルチャー・クラブのボーイ・ジョージはのちにレジェンダリーな存在となっていく。カルチャー・クラブの『ラヴ・イズ・ラヴ』のタイトルが現在、マリッジ・イクオリティの標語として掲げられているのはそういうことだ。
マドンナやカイリー・ミノーグのようなフィメール・ポップ・アイコンもまた、セクシュアル・マイノリティを鼓舞するようなポップ・ソングを発表し続け、支持され続けてきた。彼女たちのミュージック・ビデオやステージにはゲイが多数登場している。
90年代以降になれば、カミングアウトしているミュージシャンは珍しくなくなったし、ルーファス・ウェインライトのような当事者であることを重要なテーマとするシンガーソングライターも現れてくる。
いっぽうでアンダーグラウンドに目を向けてみれば、マトモスのようにIDM/エレクトロニカとして音楽的な実験性を示しながら、ゲイ・カルチャーのエッジーな部分を表現する異才もいる。サウンド的にも表現的にも、より厚みを増していくのだ。
上に挙げたものとてほんのごく一部にすぎないが、時代と社会の変化とともにそれらは何度も生まれ直し、世界の片隅にいる個人の、あるいは「わたしたち」の実存と感情を伝えてくれる。日本に生まれたひとりのゲイである自分にとっても、そのことを教えてくれたのは――周りの大人ではなく――海の向こうのポップ・カルチャー、音楽であった。
日本におけるゲイ・ポップスの現状、宇多田ヒカルの先進性
そうしたことを考えれば、日本では単純に量としてセクシュアル・マイノリティの音楽が聞こえてこない。いや、もちろんゲイに支持される歌謡曲やJ-POP、あるいは「当事者だと暗黙の了解として共有されている」歌は歴史的にも少なからずあったかもしれないが、より明確に当事者性を打ち出してくるものはほとんど生まれてこなかったし、見えてこなかった。
そんななか昨年、宇多田ヒカルが出演した歌番組で彼女の楽曲『ともだち with 小袋成彬』が同性愛の歌だと明言したことは、ひとつ興味深い出来事だったように思う。
ポイントは、「同性愛の歌であるように読み取れる」のではなく、作家自らがゲイ・ソングだと限定したことだ。「oh ともだちにはなれないな/なぜならば触りたくて仕方ないから」というコーラスの歌詞は主人公の性別も相手の性別も特定していないが、その叶わぬ想いを巡る状況には具体的な設定が用意されている。そして、そのうえでこそジェンダーとセクシュアリティを特定しない「共感」が生まれる...というもので、ついにメジャーなJ-POPでもゲイ・ポップスが生まれる時代が来たのかという感慨を抱かずにはいられなかった。国内外に多くのゲイのファンを持つ彼女が、時代を見据えた結果なのだろう。
ただいっぽうで、当事者によるポップ・ソングがなかなか聞こえてこないのが日本だ。まったくないとは言わないが、単純に数が圧倒的に少ないし、それらが目立つところにあるとも思えない。「あのシンガーはじつはゲイなんだよ」という地点から発せられる隠喩としてのゲイ・ポップスではない、もっとオープンな歌が求められている時代はすでに到来しているのではないだろうか。
さらなる進化と高まりを見せる欧米2010年代のLGBT表現
いま一度海外に目を向けてみれば、現在、セクシュアル・マイノリティと音楽を巡る状況にはかつてないほど、さらなる広がりが生まれている。メインストリームからアンダーグラウンドまで、様々な属性のさまざまな立場の当事者の表現が生まれ続け、それは直接的にも間接的にも有機的に繋がっているのだ。
それは音楽に限った話ではなく、たとえば今年アカデミー賞の作品賞を受賞した『ムーンライト』が男と男の間に生まれる純粋な愛の瞬間を描いていたように、そこには確実に時代的な要請があるのだ。「良識」のその向こう側にあるものを感じること――それこそが、ポップ・カルチャーの可能性であるだろう。
ここからは、「当事者性」にこだわりつつ、海外のポップ・ミュージックのなかからとくに現代性が感じられるいくつかの事例をピックアップしたい。「わたしたち」の多様な生や性が、そして想いが、多様な音から聞こえてくれば幸いだ。
①ジョン・グラント:孤独と痛みを歌う中年ゲイ・シンガーが繋ぐもの
日本では一般公開されていないが、アンドリュー・ヘイ監督によるイギリス映画『ウィークエンド』(2011)はゲイ映画の文脈において「以前/以後」をわけるほどに重要な作品だと位置づけられた一本だ。
ゲイ版『恋人までの距離』とも評された同作が画期的だったのは、なんてことのないその辺にいる普通のゲイの青年たちの、普通の恋を親密に描いたこと。「ゲイであること」がさして特別なことではなくなった時代における、それでも浮かびあがってくるゲイならではの感傷。そこには世界中の片隅で生き、そして恋をしているリアルなゲイたちの姿が息づいていたのだ。
その映画の主題歌としてエンドロールで流れていた『マーズ』を歌っていたのがジョン・グラントだった。
アメリカでザ・サーズというバンドを率いていたがヒットに恵まれず、ヨーロッパに渡りソロ・デビューして以降ようやく日の目を見始めるが、そのときすでに40歳を過ぎていた遅咲きのシンガーソングライターだ。
ルーファス・ウェインライトや最近ではパフューム・ジーニアスなど、ゲイであることそのものを主題にするシンガーは近年では珍しくないが、グラントはそのなかでも赤裸々であることを徹底している。フォーク・ロックと70年代後半から80年代前半のニューウェイブをミックスしたバラッドに乗せて、自身の痛みと孤独を包み隠さずに開放している。
この、「隠さない」ということはゲイの表現において重要なポイントである。多くの同性愛者は自らのセクシュアリティを隠すことを強いられる――家族に、社会に、あるいは自分自身に。そのことをさらけ出す瞬間の悲しみと喜び、それこそがグラントの歌である。そこでは、ゲイであることによって抱く惨めさや弱さも包み隠さず歌われている。
たとえば父親にゲイであることを拒絶される『ジーザス・ヘイト・ファゴッツ』(「イエスはホモ野郎を嫌ってる」)などはその最たる例。
あるいは『GMF』ではコーラスで「俺は最高のマザーファッカーだぜ、さあ俺を愛してくれよ」と強がりながら、ブリッジでは「俺は体重を調整しないと/俺は男に惹かれるべきじゃないんだろうな」と外見に縛られるゲイである自らの卑屈さや弱さを滲ませる。独りきりであることを淡々と綴ったビデオも印象深い。
グラントは自身がHIVポジティブであることも公表しており、そのことは彼のいくつかの歌のモチーフとなっている。とりわけ、ハウス/ディスコ・ユニットであるヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアとのコラボレーションである『アイ・トライ・トゥ・トーク・トゥ・ユー』ではそのことを知ったときのショックがモチーフとなっている。
「理解できない、どうか助けてくれ」、「この痛みと染みを取り除いてくれ」と深いバリトンで歌われるその生々しさ、重々しさはどうだろう。グラントの歌はまず、ゲイである自身の愛と苦しみがどこからやって来るのか、それとどう向き合っていくのかを徹底的に見つめたものである。
だが、『アイ・トライ・トゥ・トーク・トゥ・ユー』のビデオがコンテンポラリー・ダンス調のパフォーマンスで男同士の性愛を描いているように、グラントは彼個人とゲイ・カルチャーとの接続を忘れていない。
そのハウス・トラックが70年代から80年代初頭のディスコ/ハウスのコミュニティを連想させるとき、そこがエイズによって壊滅的な状況に追いやられたことを思わずにはいられない。HIVはいまや「ゲイの病」でも「死に至る病」でもないが、そのレッテルが貼られていた時代のことを、そして歴史の隙間に消えていった同性愛者たちの生をそのダンス・トラックは呼び覚ます。
そしてグラントのスタンスをもっとも端的に示しているのは、ピアノ・バラッド『グレイシャー』とそれに用意されたビデオだろう(監督は『ターネーション』で知られるゲイの映像作家であるジョナサン・カウエット)。
セクシュアル・マイノリティたちの抱える孤独と苦しみに向けて「和らげてみてはどうだろう」と優しく歌うその曲に合わせて、そこでは大戦前から現代に至るまでのゲイ・ヒストリーが大量の映像によって語られる。差別や偏見によって歴史の隙間に消えていった者たち、歴史的事件や政治、そしてポップ・カルチャーや現代のLGBTの社会運動まで...。「わたしたち」はすべて個人で、そしてどこまでも孤独だが、だからこそ「ひとり」ではない瞬間を共有できる。誰よりもゲイとして生きることの痛みを表現してきたグラントだからこそ、分かち合うことのできる愛がそこでは表現されているのである。
ところで、大量の人間たちが登場するこの映像の最後で、ある黒人のシンガーが映されることを覚えておいていただきたい。
②ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェア:ハウス・ミュージックが召喚するダンスフロアの自由
先述のヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアはアンディ・バトラーによるNY拠点のダンス・ミュージック・プロジェクトで、クラブ・ミュージックがいかにゲイ・コミュニティにおいて重要だったかを現代において正統に引き継ぐ後継者である。
70年代終わりから80年代初頭にかけてのパラダイス・ガラージやザ・ロフトではセクシーなディスコやハウス・ミュージックがスピンされ、ゲイたちが踊り、出会い、愛を交わしていた。そこでは世間の差別や暴力から逃れるように性愛が謳歌されていたが、ヘラクレスの音はまずなによりも、その時代のハウスを忠誠心とともに引用する。
なかでも、2014年の作品『ザ・フィースト・オブ・ザ・ブロークン・ハート』ではふたつの意味の「自由」を示すトラックを収録しており興味深い。
まず、『5:43 トゥ・フリーダム』は「自分自身であれ」と激バウンシーなハウスで繰り返すアッパーなトラック。「フリーダム」という言葉に象徴されるように、ダンスフロアで自分自身の性を完全に解放することに誘いだす。
もうひとつの「自由」は、ここでもジョン・グラントを迎えた『リバティ』だ。
これはグラントがボーカルを取っていることもあり、恋人たちの別れがモチーフとなっているが、そこで「お前はどこに行こうと自由だ」と宣言されるとき、それは選択することによって得られる「自由(リバティ)」とその責任をほのめかす。
同性愛者にとって、社会のどの場所でどのように生きるかは重要な問題であって、それはいまの社会の変化と無関係ではないだろう。かつてのダンスフロアが求めた「自由」が、ここでは現代へと続く「自由」へと接続されている。
ヘラクレスは最近ではザ・ホラーズのファリスやシャロン・ヴァン・エッテンとコラボレーションしており、必ずしもゲイ・カルチャーによらない表現にも進んでいるが、彼らがその「家」を忘れることはけっしてないだろう。
③アノーニ:トランスジェンダーとしての私、女としての私
とはいえ、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの最高の一曲と言えば後にも先にも『ブラインド』だ。セクシーなベース・ライン、ファンキーなパーカッション、高らかに鳴るブラス、そしてどこまでも艶めかしく誇り高い歌声...シカゴ・ハウスの伝説フランキー・ナックルズのリミックスも素晴らしく、いま聴いてもあまりにも完璧なシングルだ。
そこでディーバとして歌っているのが、シンガーであるアントニー・ハガティだ。
その華麗でありながら芯を失わない唯一無二の歌声は、ビョークにも寵愛され、また、マトモスが起用するなど、ゲイ・カルチャーやクィア・カルチャーのアイコンとして君臨するのにじゅうぶんであった。
ハガティ自身が中心であるアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ名義での作品では、性を越境する存在として絞り出される感情を至高の美の域まで到達させた。それは触れると壊れそうで、しかしどこか不可侵な絶対性を誇っている。
アントニーという男性名を名乗っていた彼女が、『ホープレスネス』(2016)では「スピリチュアル・ネーム」としてアノーニ名義で作品を発表する。
彼女はすでにトランスジェンダーであることを公表していたが、アーティストとしても「本当の自分」であることがそこでは示されたのだ。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティン、ハドソン・モホークという先鋭性とポップ的感性を両立させたプロデューサーを起用しサウンドも刷新。鮮やかな転身がそこでは実現されている。
『ホープレスネス』はアイデンティティとしてはトランスジェンダー女性であることに軸足を置き、2016年のアメリカのポップ・カルチャーにおいて重要なテーマであったフェミニズムとシンクロする作品だった。
家父長制が支配する社会においては、「トランスジェンダーであることは自動的に魔女であること」だと彼女はかつて発言しているが、保守的な男権主義に抗することが底に流れる主張になっている。
現在の壊滅的な世界と、なおも振りかざされる暴力――に向けて、女たちの連帯がそこでは掲げられる。ビデオはアノーニ本人も含めた女性たちが登場する連作となっているが、それはトランスジェンダー女性としてのアイデンティティをどのように社会と連結するかについての彼女なりの実践の表れだ。
④アルカ:ビョークの片腕が産み落とす異形の官能
ビョークのアルバム『ヴァルニキュラ』(2015年)での活躍で全世界的に脚光を浴び、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとともに現在のエレクトロニック・ミュージックの先端を担うプロデューサーであるアルカもまた、自らのセクシュアリティがその表現における重要なモチーフとなっている。
アルカことアレハンドロ・ゲルシは祖国であるベネズエラではゲイであることを隠していたそうだが、ニューヨークのクィア・カルチャーと出会うことによって、まさに自身を「隠さない」という表現へと向かっていく。
盟友ジェシー・カンダが手がけるアートワークや映像作品では、性において「異形」であること、「奇形」であることが強調されてきた。たとえばデビュー作である『ゼン』(2014)のモチーフとなった生命体「ゼン(Xen)」は無性であるというし、セカンド・アルバムのタイトル『ミュータント』(2015)もまた、ゲルシ自身が性のアイデンティティにおいて「異形」の存在として育ったことと関係しているだろう。
ただ、「グロテスク」とも評されるアルカの表現は、何も受け手を怯ませることが目的化されたものではない。それは彼自身にとって非常に切実な、セクシュアリティの真実の探求から生まれている。
セルフ・タイトルである『アルカ』(2017)ではゲルシ自身がスペイン語で内省を歌い、映像では肛門を血で汚しているが、そこでは彼の苦悶の主たる要因のひとつであったセクシュアリティが徹底的に見つめられ、さらけ出されている。それは彼の思春期ではグロテスクな奇形だとされていたが、クィア・アートにおいては美であり、官能であるのだと。
オススメ記事:Björkは戦い続ける 女性に立ちはだかる音楽産業の偏見「Sonar Festival 2017」レポート|類家 利直 - FUZE
⑤クィア・ラップ:男尊主義が支配するヒップホップからの新たな可能性
「クィア」とは元々「変態」の意であり、異性愛の規範に収まらないことを肯定的に捉えるために用いられた用語だが、アルカのビジュアル表現に象徴されるように、LGBTの文脈以降の現在において、また重要な意味を持ち始めているように思える。
そもそもセクシュアル・マイノリティは「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー」の枠のみに収まるものではなく、LGBTQ(それにしても完全だとは言えないが)というときのQ(クィアまたはクエスチョニング(未確定))のグラデーションは見落とせないからだ。
とくに、LGBTの権利が拡大するにつれてゲイ・カルチャーやクィア・カルチャーがより迎合的に、商業的になっているとの意見もあり、そうなるとよりクリーンで、より世のなか的に(異性愛の規範のなかでも)「分かりやすく、受け入れやすい」ものが支配的になってしまう。とくにアメリカでは人種間の格差もあり、当事者間でも複雑な軋轢が顕在化しつつある。
ニューヨークのアンダーグラウンドのパーティ・シーンを中心とした近年のクィア・カルチャーの盛りあがりは、そうしたセルアウトしがちなゲイ・カルチャーに対してひとつのカウンターとして機能していると言える。
ミッキー・ブランコやリーフに代表されるクィア・ラップや、もう少しポップなところでいえばシャミールのダンス・ポップなどは、ビジュアル的にも、あるいは表現しているセクシュアリティにおいても性規範をいま一度奔放に撹乱するものになっている。
また現在、それらクィア表現が、非白人の当事者が中心になっていることも見落とせないだろう。そこではマイノリティのなかのマイノリティの実存が、アーティスティックにポップに表現されているのである。
シーンが盛りあがれば新たな才能も現れる。サーペントウィズフィートを名乗るジョサイア・ワイズはクィア・シーンの現在の充実を象徴する存在だ。
先鋭的なサウンドで人気のプロデューサーであるハクサン・クロークをプロデューサーに迎え、オペラやクラシックの素養も踏まえたオーケストラの華麗なアレンジ、そして禍々しくもゴージャスで煌びやかな衣装を身にまとって性愛を歌いあげるその姿は一目で圧倒されるほど美しい。
「多様性」と一言で片づけるのは簡単だが、本当にそれを担保することはじつは難しいものだ。アンダーグラウンドの先鋭性がクィア・カルチャーにおいていまも有効であることはその重要な支柱となっていると言えるだろう。
⑥キングダム/シド:R&Bの新しい性愛
そのアンダーグラウンドが先鋭性を保つために必要なもの――それはメッセージやアティテュード以上に、何よりもサウンドである。
近年のアンダーグラウンドの一角を担ったレーベル〈フェイド・トゥ・マインド〉を主宰するキングダムことエズラ・ルービンはゲイであることをオープンにしているプロデューサーだが、クィア・カルチャーにも片足を突っ込みつつも、独自の活動でアンダーグラウンドの側からR&Bのサウンドを更新してきた重要人物である。
リヴァービーな音響とアブストラクトなビートが特徴の彼のトラックはクラブ・ヒットとなり、メインストリームのアーティストにも多大な影響を与えることとなる。現在、R&Bが広大な音楽的実験の場と化しているのは、彼の功績によるところも大きい。
彼が自身のトラックにおいて女性ボーカルを好んでフィーチャーするのは、普段は隠しがちな女性性をそこで開放しているからだと言う。つまり、これまでのジェンダー規範に縛られない官能の表現がそこにはあり、それこそが「新しい」ものとして音とともにメインストリームまで伝わったのである。これはルービンがゲイであることとまったく無関係だと言えないだろう。
そんなキングダムが、オッド・フューチャーの一員であり、ジ・インターネットの中心人物であり、そしてレズビアンであることを公表しているシド・ザ・キッドをフィーチャーしていることは、現在のR&Bにおける時代性をひとつ象徴しているように思える。
コラボレーション・トラックである『ナッシン』は必ずしもゲイ・アイデンティティに拠らないトラックだそうだが、逆に言えば、その性愛の表現において非常にフレキシブルな、枠に囚われない自由さを示していると言えるだろう。
シドはまた、自身のソロ作においてメロウに洗練されたトラックに乗せて、セックスを重要なモチーフとして取りあげている。音も言葉もエロティックだ。そこでは同性同士の官能が、女性の声で艶めかしく囁かれている。
R&Bにおいてセクシーであることは重要な要素だが、その性愛は本来何らかの枠に収まるものではない。キングダムとシドは、当事者のひとりとしてそのことを体現する音を聞かせてくれる。
⑦フランク・オーシャン:男に惹かれる男のピュアネス
そして...そして、ここまで書いてきたことすべてを、大文字のポップという場所で包括するのがフランク・オーシャンだ。そう、ジョン・グラントの『グレイシャー』のビデオの最後に登場するのは彼だ。
メジャー・デビュー作である『チャンネル・オレンジ』においてフランク・オーシャンがカミングアウトしたことは、ブラック・カルチャーの方向性ばかりか、アメリカの「自由」がこれからどこへ進むべきかを訴える出来事だった。ラップ/R&Bシーンにおいて長年、ゲイであることは隠されるばかりか、攻撃の対象でもあったからだが、オーシャンは音楽的にもアティテュード的にも、アンダーグラウンドのエッジやあり方を自らの表現に巧みに取りこむことで、作品を説得力のあるものにした。
しかしながら、ここで重要なのは『チャンネル・オレンジ』にあったのは自分が同性愛者だという宣言以上に、男が男に惹かれる瞬間の感情が音楽として表現されていることだ。
現在、「ゲイである」と宣言することは欧米では一種政治的な立場の表明として見なされてしまう部分があるが、オーシャンはそうではなく、ひとりのミュージシャンとして自らの感傷や官能や痛み、あるいは恋の喜びを隠さなかったのである。それはセンチメンタルな歌となり、「ゲイの権利を守ろう」というスローガンよりもスムースに聴き手に浸透していった。
彼の歌にはたしかに同性間の愛情が固有性として描かれているが、それはポップ・ソングの姿をしているがゆえに、セクシュアリティに拠らない共感を生み、支持されたのである。
いま、アメリカで映画『ムーンライト』が高く評価されるのもまったく同じ文脈だと言える。
同作ではブラックであることや貧困を背景に置きつつも、「わたしはゲイである」という(社会的な)宣言はしていないが、しかし「男が男に惹かれる」ことの固有性を落とすこともしていない。その瞬間をどこまでも瑞々しく封じ込めることで、時代を象徴する一本となったのだ。
ゲイを描くことが「政治的に正しい」からでも流行っているからでもない。これまで見過ごされていた当事者の存在やその声、そして心の動きがようやく世界に届けられるようになったということだ。
2016年はフランク・オーシャンの『ブロンド』と『ムーンライト』がマイノリティ表現という観点から時代性を伴うものとして絶賛された年だったが、オーシャンはまさに『ムーンライト』のように、アメリカにおいて――現在の世界において、何重ものマイノリティとして生きることはどういうことかを、もっとも純粋な場所から届けようとしたのだ。
2017年、LGBTの人権を考えることは全世界的な重要な議題のひとつであることは間違いない。だが、セクシュアル・マイノリティである「わたし」や「わたしたち」はブームではなく、たしかに存在している――いまも昔も。ポップ・カルチャーほど、そのことを多層的に伝えるものはないと断言したい。
当事者たちの声や音がさまざまな場所からポップ・ミュージックとして響き合うとき、当事者と非当事者の線引きを越えて、わたしたちは身を任せることができる。多様性とは、お互いを「関係ないもの」として分断し疎外し合うことではなく、それぞれの違いを知り、認め合うがゆえにこそ、お互いの痛みや孤独や苦しみ、それに喜びと愛を少しずつ分け合うことだ。時代は変わる――たくさんの色の音楽とともに。
目的と価値消失
#カルチャーはお金システムの奴隷か?
日本人が知らないカルチャー経済革命を起こすプロフェッショナルたち