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10 #海外ドラマは嘘をつかない

千の顔を持つ物語:「神話」こそがドラマ~『アメリカン・ゴッズ』『指輪物語』『マイティ・ソー』、何故次々と神話をモチーフにした作品が大人気を博すのか?

ARTS & SCIENCE
コントリビューター丸屋九兵衛
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アメリカ人は北欧神話を知らない?

イギー・ポップのドキュメンタリー映画、その日本公開を告げるEメールが届いた。タイトルは『アメリカン・ヴァルハラ(American Valhalla)』。 この知らせを受け取ったとき、我が脳裏をよぎったこと。それは「……こんな北欧神話バリバリの題名、肝心のアメリカでは通じるのか?」だった。

ヴァルハラとは、主神オーディンの下で働く女神軍団ワルキューレ(ヴァルキリー)が戦場から回収した名誉の戦死者たちが住まう御殿の名だ。それがイギー・ポップの最新アルバム『Post Pop Depression』からの曲名とは知っていても、この単語「Valhalla」の通用度は気になるではないか。

そこで、アメリカの友人たちに問うてみる。「ギリシア神話、北欧神話、ケルト神話。どれが最もメジャーで、どれが最もマイナーか?」と。

ダニエル(ニューヨーク/ドミニカ系):いちばん知られているのはギリシア神話だろうね

——では、いちばん認知度が低いのは?

ダニエル:北欧神話じゃないかな。

——この『マイティ・ソー』の時代に?!

ダニエル:まあ、『マイティ・ソー』とかTVドラマ『バイキング』のおかげで人気上昇中ではあるかな。でも、それはごくごく最近の話だ。今だって、たいていの人はオーディンとトール(ソー)しか知らない状態だよ

——かわいそうなヘイムダル……

ベンジャミン(ボストン/アジア系):認知度では間違いなくギリシア神話だね。高校でも大学でも、北欧神話やケルト神話のクラスなんて見たことない

ブルック(フロリダ/アジア系):いちばん知られてないのはケルト神話じゃない? 北欧はともかく、ケルトの神々の名を一つでも言える人は少ないと思う

——かわいそうなヌアザ……

エリカ(フロリダ/黒人):メジャーなのはもちろんギリシア神話! ギリシアとエジプトの神話は学校で習う。北欧とケルトは趣味の世界ね

レイチェル(ミネソタ/ドイツ系):こっちではエジプト神話なんて聞いたことないわ! うちのあたりはスカンジナヴィア系が多いから、北欧神話は親しまれている。ある程度はケルト神話もそうかも。いっぽう、ギリシア/ローマ神話は長らく学校の科目ではあるわね

持つべきものは友である。それも、自分とはバックグラウンドを共有しない友。彼らが、世界の広さを教えてくれるから。

さて。

2位以下に関しての地域差はあれど、アメリカンたちの意見は「最も知名度が高いのはギリシア神話」という点で一致をみている。

そういえば。振り返ってみると、昔はギリシア神話の映像化が多かった気がする。あなたがわたし同様にオールドスクールな特撮ファンであれば、名匠レイ・ハリーハウゼンが特撮を担当した『アルゴ探検隊の大冒険』(1963年)と『タイタンの戦い』(1981年)を思い出すだろう。後者は2010年に同題でリメイクされ、『タイタンの逆襲』という続編(2012年)も生みだした。また、前者のリメイクである00年の(大失敗)TV映画『アルゴノーツ 伝説の冒険者たち』を知る人もいるかもしれない。そして、ギリシア神話にインスパイアされたヤングアダルト小説『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』の映画化もある。わたしには「名優たちを使った子供騙し」としか思えないが。

今、北欧神話が脚光を浴びるのは何故か?

だが、映画『マイティ・ソー』あたりからこのかた、北欧神話の勢いを感じるのもまた事実である。世界の滅亡「神々の黄昏」が予言されているというディストピアンな設定、全体を覆う陰鬱なムードが今の時代——007ですら内通者に悩まされる昨今である——にマッチしたのかもしれない。

Video: Marvel Entertainment/YouTube

ただ、マイティ・ソー自身の活躍だけ見てると、むしろパッパラパーにノウテンキ(神話中でもソーはオツム弱めで力持ち、怒りんぼだが気のいい神として描かれる)……なのだが、それを補って余りあるのがロキという存在だ。ハンサムで弁が立ち、誰よりも性格が悪い、そんなトリックスター。原典である神話では、巨人族出身なのにオーディンの弱みを握って義兄弟の地位に収まり、神々の妻たちを誘惑して不和をもたらし、宴会に乱入して神々全員をディスし、やがて世界に終わりをもたらす。

もうひとつ。近年になって、北欧の神々を崇めるアサトルー(Ásatrú)という宗教が米欧で盛りあがりつつあることも、北欧神話テーマ作品群の勢いと関係するのかもしれない。バイキング・メタルやフォーク・メタルのバックグラウンドでもある、こうした民族主義。それ自体は素晴らしいと思うが、この運動は残念ながらネオナチズムや白人至上主義と容易に結びつく。映画『マイティ・ソー』でヘイムダル神にアフリカ系イングランド人俳優イドリス・エルバがキャストされたことに対する抗議活動も、そうしたムーブメントと無縁ではなかろう。

だが——『エージェント・オブ・シールド』でも言及されていた通り——マイティ・ソーと仲間たちは、テクニカリー・スピーキング、神々ではない。古代の北欧人が何かの拍子に接触(?)し、「神々」と認識したところの異星人/異世界人である。北欧人は白人に違いないが、彼らが勝手に神扱いした異星種族のほうまで北欧ライクな外見とは限らないわけだし、その中に黒人がいようが浅野忠信がいようが矛盾はないのだよ。

北欧神話系ドラマの真打ち、『アメリカン・ゴッズ』の魅力とは?

とはいえ、今現在の北欧神話系ドラマの真打ちは、やはり『アメリカン・ゴッズ』だろう。ミスター・ウェンズデイ(=オーディン。Wednesdayは「オーディンの日」が訛ったもの)とロー・キー・ライスミス(=嘘の匠、ロキ)というバレバレな名前のキャラクターたちが登場する、古き神々と新しい神々の対立の物語だ。

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『アメリカン・ゴッズ』のミスター・ウェンズデイ
Image: © 2017 Amazon.com Inc., or its affiliates

しかし、『アメリカン・ゴッズ』の素晴らしい点は多様性だ。そこには、ミスター・ジャッケル(=エジプトの死の神アヌビス。頭部がジャッカル)や、ミスター・ナンシー(=アナンシ。西アフリカのトリックスター/蜘蛛の神)もいるから。

Video: STARZ /YouTube

原作者ニール・ゲイマンには別に『アナンシの血脈』という作品もあり、そこにも蜘蛛の化身ミスター・ナンシーが登場する(カラオケバーで興奮しすぎて死亡)。ユダヤ系イングランド人であるゲイマンがアフリカ系トリックスターに執心する様子が、なんとも愛おしいではないか。

世界に物語はひとつしかない

そもそも、世界に物語はひとつしかない。極論すれば、すべてのストーリーはひとつの祖型、つまり神話のバリエーションなのだ!

豪快にして乱暴、だが不思議な説得力で勢いよく言いきる名著『千の顔を持つ英雄』にて、神話の遍在性と万能性を論じたのは神話学者ジョゼフ・キャンベルである。

そんな彼が断言した「英雄譚の定型」に「最も当てはまる」といわれる近現代文学が『ロード・オブ・ザ・リング』こと『指輪物語』と、その前日譚『ホビットの冒険』だ。

Video: Warner Bros. Pictures/YouTube

J・R・R・トールキン教授が書いた『ホビット』〜『指輪物語』は、構造こそたしかに普遍的な神話英雄譚なのだろうが、各所に見られるモチーフは明らかに北欧神話(と、同神話のスピンオフ的な英雄物語)起源である。ドラゴンが守る財宝、地下に住む鍛冶屋種族、そしてもちろん指輪……。

その『指輪物語』が、米Amazon Studiosによってドラマ化されるという。いや、その表現では正確ではないか。あの世界、つまり中つ国(ミドルアース)を舞台に、『ホビットの冒険』と『指輪物語』の間のモロモロを描くドラマとなるようだ。『ロード・オブ・ザ・リング』のプリクエルということだな。

しかも、米Amazonが獲得したのは、複数シーズンにわたるドラマ本編と、そのスピンオフシリーズの権利だという。その「ドラマ本編」すらスピンオフのようなものなのに、そのまたスピンオフも?! これまた「神話系ドラマ」の時代を感じさせる、米Amazonのガブリ寄りぶりではないだろうか。ただし、「劇場版第1作『旅の仲間』以前における『知られざるストーリー』を描く作品になる」というアナウンスからして、ディザスターの匂いもプンプンするのだが。

「神話系ドラマ」のメガ・ヒット作『ゲーム・オブ・スローンズ』の圧倒的な存在感

この件で米Amazon Studiosがトールキン財団に支払った額は2億5000万ドル(約267億円)という。それだけの大金をつぎ込んだのは、もちろんHBOの『ゲーム・オブ・スローンズ』に対抗するためだ。

ブルーレイ&DVD『ゲーム・オブ・スローンズ 第一章:七王国戦記』 トレーラー
Video: ワーナー・ブラザース海外テレビドラマシリーズ/YouTube

ここにきて日本でもやっとメジャー化しつつある——皮肉にもAmazonプライム・ビデオで配信開始となったおかげで——『ゲーム・オブ・スローンズ』は、欧米各国でこの数年「史上最強のTVドラマ」と絶賛されてきたシリーズである。

中世ヨーロッパ風の世界を舞台に、ファンタジー要素をチラチラ見せながらも陰謀と戦乱が渦巻く、セックスとバイオレンスのワンダーランド。生々しい人間ドラマだが、作品に登場する各国の文化や宗教が詳細に作り込まれていることもあって、そこかしこに神話的英雄譚の要素が漂う。現実の西洋史と魔術と神話を混ぜ合わせたタペストリーのように濃密な設定が、物語世界のリアリティを強めていると言える。


こうして、ドラマや映画の世界をツラツラと眺めて思うのは……「ジョゼフ・キャンベルが言う通り、世界に物語は一つしかないのかもしれない」ということだ。すべてのドラマは我々の脳内に埋め込まれた唯一の原典「神話」の、改作・換骨奪胎・アダプテーションでしかないのかもしれない、と。

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Amazon Prime Videoにて独占配信中
Prime Original『アメリカン・ゴッズ

Image: © 2017 Amazon.com Inc., or its affiliates
Source: American Valhalla, Ásatrú Arfélagid, Huffington Post, YouTube(1, 2, 3), Wikipedia, movie fone, Tap-biz

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