タイトルデザイナー、カイル・クーパーが引き出した、クリエイティブの本質「Motion Plus Design」
ARTS & SCIENCE「私はNetflixのイントロ・スキップが嫌いだ」
そうカイル・クーパーは語った。
6月、都内で開催されたモーションデザインのカンファレンス「Motion Plus Design 2018」で来日したクーパーの言葉に、私たちオーディエンス全員は耳を傾けていた。
映画界のタイトルデザイナーの第一人者「カイル・クーパー」を検索すると、『ミッション・インポッシブル』、『スパイダーマン』、『ウォーキング・デッド』、『ワイルド・ワイルド・ウエスト』、『X-MEN: フューチャー&パスト』など、誰もが知る作品のタイトルシーンを数多くデザインしていることが分かる。
彼が手がけた映画『Seven』のタイトルシークエンスは、公開から20年以上経った今も色褪せない。世界だけでなく日本でも話題となった彼のデザインは数多くのドラマやテレビ番組で模倣されてきた。
冒頭の言葉は、彼が最近手がけたNetflixの『スター・トレック: ディスカバリー』のタイトルシークエンスについて話し始めた時に発した言葉だ。
「モーションデザイン」という言葉を捉えたとき、どんなものをイメージするだろうか? 少なくとも現代において、モーションデザインは私たちの生活のそこかしこに浸透しているが、私たちの言葉で具体化させることは難しい。さらに、私たち日本人が日常的に接する「アニメーション」との違いが曖昧なことも、モーションデザインの定義を複雑にしている理由だろう。
乱暴にまとめると、モーションデザインとはグラフィックデザインに動きを与えたものだ。そして、その世界的な源流がハリウッド映画やインディーズ映画のタイトルシークエンスから生まれてきたという点において、キャラクターを動かすアニメーション業界とはデザイン思考を異にする。
『黄金の腕』や『悲しみよこんにちは』などを手がけたソール・バス(Saul Bass)、『007』の銃口からジェームス・ボンドが覗くというアイディアを発明したモーリス・ビンダー(Maurice Binder)が、このモーションデザインの世界を切り開いた偉人と言われている。そして、カイル・クーパー(Kyle Cooper)は現代映画史におけるモーションデザインの進化を加速させたパイオニアである。
クリエイティビティや個性の先にあるデザインの哲学
彼の代表作である『Seven』のタイトルは、映画の不穏なストーリーや雰囲気をオーディエンスに共有させるため、文字が震える表現手法を使っている。同様のアイディアとして、『Final Destination 5』のガラスの上にテキストをステンシルで書いて砕いていく破壊的手法は、映画の作曲家ブライアン・タイラー(Brian Tyler)による強烈なメインテーマに呼応しながら、映画シリーズのディテールを投げかけ見る者の感情を共振させる。
クーパーは映画の何を見ているのだろうか?
Watch The Titlesのインタビューが興味深い。
どうして『seven』のオープニングがなぜこれほどまで影響力を与えているか聞かれたとき、彼は「本編の余白を埋めるものになっているからだろう」と話している。
たしかに、まだ『seven』を見ていない状態でこの映像だけを見ると、「サスペンスものだな」という印象こそ受けるものの、一体これらのモチーフが何を示しているのかを詳細まで理解することはできない。だが、このオープニング映像を本編を見た後にもう一度見返すと、ストーリーのヒントになる重要な要素が詰め込まれていることが鮮明に伝わってくる。
つまり『seven』本編を見たことがない状態と見終わってからとで、この映像がもたらす情報の解像度はまったく異なってくる。この「絶妙にネタバレにならないのに、見返すと重要なヒントになっている」というトリックは、デヴィッド・フィンチャーのもつ作品の雰囲気を大いにかきたてる魅力がある。
カイル・クーパーが作り出すモーション・グラフィックの魅力は、決して彼自身の「クリエイティビティ」や個性にあるわけではない。彼が本領を発揮している部分とは、映画を撮る監督がもたらす文脈やメッセージ性、色味や質感を完璧に咀嚼し、かつ本編のストーリーを最大限に引き立てるものづくりにあるのだ。
別のインタビューで、映画のオープニング映像の重要性について問われたとき、彼は「作り手にとって、観衆がより作品のリズムに入り込みやすくなるようにするため」と答えている。ここからも、彼がタイトルを作るうえで意識している対象が、受け手ではなく作り手に向いていることがわかる。
安心感は敵だ:デザインし続ける理由
パリを発祥とするカンファレンス「Motion Plus Design」は、モーションデザイン界の最前線で活躍するグラフィックデザイナーやタイトルデザイナーたちをスピーカーとして招き、彼らが経験や人生観を語り合う世界的なイベントだ。日本での開催は、2017年に引き続き今回が2回目となる。
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「モーションデザイン」の活用は映画のみならず、Webサイトで滑らかに動くボタンや、「タッチしたかどうか」が動きでわかるようなスマホのUIもモーションデザインにあたる。ローディング時間に表示されるインジケーターは、私たちがもっとも見慣れている愛憎入り交じったモーションデザインのひとつともいえる。モーションデザインとは何かを端的に表した動画を紹介しよう。
カンファレンスのラストで登場したクーパーは、ゲームデザイナーで友人の小島秀夫監督の『メタルギアソリッド2』、『メタルギアソリッド3』のタイトルシーケンスや、最新作『DEATH STRANDING(デス・ストランディング)』のタイトルデザインも担当している。文字から滴る線はへその緒を表しており、映像との符合を感じる。
さらに「タイトルバックからつなぎ目無く映画に入るシーンが大好きなんだ」と、ギャレス・エドワーズ(Gareth James Edwards)監督の『Godzilla』を例に挙げた。本作のタイトルバックはラストに灰が落ちていくカットがあり、そのまま本編に入る構成になっている。
また、クーパーが日本で馴染み深い理由としては、20年以上前にカップヌードルのCMを監督したことも関係しているだろう。カンファレンスでは懐かしの映像を流し、「カップヌードル!」と叫ぶ一幕もあった。
カイル・クーパーのほかにも、魅力的なデザイナーがこのイベントで登壇していた。たとえば、こちらはManija Emran(マニジャ・エムラン)が手がけた『スノーホワイト/氷の王国』のタイトルバックだ。アフガニスタン移民の彼女は数々の国と、広告、タイポグラフィなどさまざまなキャリアを渡り歩き、モーションデザインの道にたどり着いたハリウッドの重要人物の一人である。アカデミー賞授賞式においてノミネート作品映像のモーションデザインを手がけている。そして、彼女もカイル・クーパーにインスパイアされた一人だった。
Manijaはタイポグラフィ畑からモーションデザインの世界に飛び込んだ。カイル・クーパーがオープニング映像を手がけたホラー映画『ドーン・オブ・ザ・デッド』のタイトルデザインを見て、書体と映像の連動が素晴らしい情動を引き起こすことを知ったことがきっかけだと語る。
グラフィックやタイポグラフィに命を宿す、モーションデザインの世界。その最先端では、常に挑戦と実践がプロミネンスのように起きている。Manijaが言い放った「安心感は敵」という言葉は、その飽くなき探求心を示しているように思えた。
「Motion Plus Design」のために来日したデザイナーたちは、プライベートを問わず、アイディアの表現を模索する生き方を歩んでいる。街を常に移動している人、家族を大事にしている人、過去のアーカイブにならう人など、自分自身にマッチする人生観をデザイナーという職業観と常に対峙させてきた。自分がもっともパフォーマンスを発揮できるような仕事との向き合い方を、常に探し続けているのだろう。その指向性こそが、充足した精神と豊かなクリエイティビティを醸成させるのかもしれない。
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